嫁さんの出産予定日が4日を過ぎていたのが二日前の事である。
予定日から一週間が経つと、通っている病院では陣痛と出産の促進の為に入院となると聞いて、既に入院の手配をしていた。
すると、夕方あたりから定期的な痛みが嫁さんのお腹に起こるようになった。これが陣痛なのか?初産である我が家では経験がないのでよく分からなかった。
翌日、だんだんとお腹の痛みが強くなり、定期的になってきた。間隔は約十分程。事前にこの感覚になるか破水した場合には連絡をする事になっていたので、病院に電話をすると検査をしてくれるとの事。さっそく病院に向かった。
既に結構な痛みがあるようだったのだが、検査の結果ではまだ赤ちゃんは下に降りている途中に過ぎず、まだまだ生まれそうに無いらしい。直ぐに入院する事も可能であるが、いっぱい歩く必要があるなど、やれる事はどこでも一緒なので一時帰宅する事にした。
辛そうではあったが、これもお産を早く進めて楽にさせようとの想いから公園を散歩する事を提案。遊歩道があるこの公園をグルグルと4周程した。ずっと、陣痛の間隔をチェックしていたのだが、この時の間隔は5分前後であった。陣痛が来ると止まって休んでいたので、二人とも蚊に刺されまくっていた。><
帰宅して汗をぬぐい、お風呂に入れて、ご飯を食べさせていた頃には夕方を過ぎており、既にずっと腰を摩っていないと絶えられない程の痛みが嫁さんを襲っていた。陣痛の間隔が5分を切ってしまうと、痛みの間隔も長引いてしまい、痛みが落ち着いても直ぐに次の波がやってきてしまうのである。私の作ったカレーコンソメスパゲティは美味しく出来たのだが、食事を取り終わるのにどの位の時間がかかった事か・・・。^^;
そろそろかと、病院に再度連絡を取り、いよいよ入院セットを担いで、お姉さんになるニャンコ達に話をしてから家を出た。夜も更けて、夜間の緊急入り口で手続きを済ませて再度検査をして頂く。
検査結果はまだまだ陣痛が弱いとの事。「こんなに痛そうなのにこれで弱いの??」私は先生に聞き返したくなったが、プロが言うのだから間違えは無いのであろうと言葉を慎んだ。
どうやら、こんなに痛そうでも、結構多くの人にみられる微弱陣痛のようだ・・・。私は、既に始まったこの陣痛があるので、このまま生まれるのではと少し安堵し、自然分娩で赤ちゃんは生まれてくると信じていたのだが・・・。
しかし、思惑は随分と違っていた。少量であれ、破水が正式に認められたのだ。しかも、この破水がいつ始まったのかが分からない。従って、もう何日にも渡る長期戦が無い事は最低限の知識である私にも分かる。この時点で微弱陣痛という事だとすれば、翌日までの経過次第では陣痛痛促進剤を投与してでも早くお腹の赤ちゃんを取り上げなければならない事が頭を過ぎる。
どうしてこんな状態になってしまったのだろうか。私が会社への送り迎えや炊事・洗濯・掃除などやり過ぎてしまい、運動が足りなかったのだろうか。または、高年齢による初産の為なのだろうか。今となっては原因などどうでもいい事ではあるが反省点を探している自分がいた。
現代医学の素晴らしい部分は十分に認めるが、東洋医学の方も信望する私にとって、不自然なホルモン剤である促進剤など、私の嫁さんに投与されたくは無い。これが本音である。
嫁さんに取り付けられた装置がなにやら数値を表示し波形グラフをプリントしている。明け方にはその内容が赤ちゃんの心拍と陣痛の強さと間隔を示している事を、たとえ素人ではあっても、数字好きの私は十分に理解していた。横になっている嫁さんも体感で分かっていたとは思うが、グラフがいやな感じを示しているのは、私も気付いていた・・・。;;
微弱であれ、昨晩の陣痛間隔は5分を切っていたのに、なぜか間隔が8分を超えている・・・。当然の如く、看護士さんも気付き、陣痛を促すための運動を勧められる。とはいえ、歩く事位しか病院で出来るわけが無く、院内をうろうろしていた。その頃には、月曜朝の総合病院はものすごい数の外来患者が詰め寄っていた。
陣痛室へ戻り、再度先生の検査を受けた結果、昨晩の産道状態からあまり変わってない事を告げられ、ついに陣痛促進のプログラムへ移行する事になった。破水が認められている以上、これを断れるはずも無い・・・。><
悪夢は更に続いてしまった・・・。><
陣痛促進剤が投与され、破水もあるので抗生物質の薬を飲み、しばらく経った。何も出来ない夫がやれる事は、背中を摩り、励まし、そして取り付けられた計器を見る事ぐらいしかない。一晩中にらめっこしていた計器のグラフが全然違う波形を表しているのに気付かないはずは無い。
内心「えーーーーーーーーー!!」という思いと共に赤ちゃんの心拍が激落ちしている。
陣痛促進プログラム、もしもの時の為の最終手段である帝王切開の話を伺っている途中の出来事であった。こんな波形しているけど本当に大丈夫なのか・・・。そんな想いの中、当然先生や看護士さんの目つきも変わっていた。
周知の通り、赤ちゃんの心拍は成人と比べて遥かに高いが、この時、嫁さんの心拍と殆ど同じ値を示していた。これは赤ちゃんが危険だという事を示す。なにしろ心拍が半分程になってしまっているのだから・・・。;; これ程、促進剤が赤ちゃんに与える影響が強いとは知る由も無かった。
それまで先生は丁寧な説明をしてくれていたが、それを中断してこのグラフが示す意味を直ぐに教えてくれた。「もう一度、赤ちゃんの心拍が極端に落ちるようなら、陣痛促進剤の投与を中断し緊急に帝王切開に切り替えます。」
突然の出来事に驚きと戸惑いは隠せない・・・。動揺しながらも、見続けていたグラフは再度嫌な波形を示してしまった。><
この様な状況において、当事者である私達にどのような選択があるのだろうか・・・。危険である可能性を秘めている手術についての同意書にサインをする。手術の同意書・輸血の同意書・麻酔の同意書。まさかこれらの書類を見る事になるなど夢にも思っていなかった。
慌しく陣痛室に出入りする先生達や看護士さん達・・・。なんとあっという間で突然の騒々しい出来事だったであろうか。帝王切開が決定して一時間も経たずに嫁さんはストレッチャーに乗せられ手術室に入っていった。「頑張って。きっといい事があるから。^^/」その程度の事しか言い出せず、ほろ苦笑いで見送るしかなかった。残った私はなす術もなく、冷静を取り戻し、念の為にお儀父さんと両親へ連絡をしに行った。
現在の日本において、帝王切開で大きな事故が起こった話は多くは無いと聞く。しかし、赤ちゃんが無事に取り出されても、母親の腹を裂く手術において術中の感染症は非常に怖い。十分な技量を持つ執刀医であっても、これを100%回避する事ができれば、同意書に明記する必要は無い。もっとも同意書の必要性はもっと色々と深い思慮がある物だとは思うが・・。
感染症で死ぬ様な事が起こらないとも限らない。悪性であれば人間など簡単にやられてしまう。高度に滅菌された現在の手術室でそんな事がありえるのか・・。
昨晩から、安産か難産かと思慮していたが、私の頭の中では、そんな枠を超えて幸か不幸かの粋に達していた。不幸とは手術による母子の死を意味していた。>< 一人で待合室で待つ夫の心境は本当に激しい・・・。^^; 感情の起伏が徹夜も押してか非常に激しいのは自認していた。何度も強気になっては、半べそになったりしていた。;;
心理学や哲学の本を読み漁り、自分の中では精神による感情コントロールは自由に出来ると自負しており、何年もの間実践していた。従って、感情移入すればどんな映画でも簡単に入り込めたり、逆に抑えればどんな事も客観的に分析したりする事ができる。この時も客観的に見ている自分がいたのだが、この様な感情で振り回される自分に本当に驚くだけで、思考はメチャメチャであった。しかし、これが私なのであると認識するしかない。;;
そんな心境でいる中、一時間半近くの時間が過ぎると看護士の方が声をかけて下さった。
「おめでとうございます。元気な男の子でしたよ。^^」
よくある定番の言葉がなんとも重かった・・・。本当に重かった・・・。そしてじわじわと嬉しさと感動が込み上げて来る。不幸のどん底から幸福の絶頂まで這い上がった気分であった。^^;
何度もお辞儀をしお礼を述べながら、術中の具合を聞いていた。後は嫁さんのお腹の中の清掃と縫合との事。感染症にならない事を祈りつつ看護士さんを見送り、安堵と共に深く椅子にもたれた。
しばらくすると看護士さんが呼んでくれ、嫁さんと赤ちゃんとの対面が叶った。術後直後だというのに二人とも驚くほど元気だ・・・。赤ちゃんもカンガルーケアをされて泣く様子は全く無い。本当に良かった・・・。五体満足な状態で私の元に戻ってきてくれた二人に心から感謝した。二人に掛けた第一声は「よく頑張ったね。ありがとね。」だった。
決して簡単ではなかったこのお産は一生忘れる事は無い。大きくなって、私のわけが分からないこの文章を読んで笑ってくれたら幸いである。^^w
大変疲れた二日間であったが、私の人生の中で最高に幸せな日となった。^^v
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